教える側に回った方が明らかに楽です【論理的にノベルで説明します】

こんにちは、いつきです。
ちょっとノベルチックに書いてみました 。

世の中には理解が深くない人間が無数にいます

そして教えられることができる人間は少ないです。
さらに教えられる人間も最初は理解が深くないという原則のもと成長した過程を得ています。
つまり理解が深い人間がすることは理解が深くない人間の理解を深い理解に伝え導いてあげることです。
そうすることが理解が深くない時に教わったことへの最大の感謝だからです。

なぜ私がブログで発信してるのか、ここで知らない方へ向けて明かそうと思いますが今となっては言うまでもありません。
年相応に理解が深まったと感じる瞬間があったから、理解が深くない人を支えられるようにという心の元始めました。

正直言って夢でした。高校生の頃からブログを書くブロガーに憧れていて自分もいつか絶対ブログを持つんだと、それがやりたいことでした。
そしたら身の回りの人が〇〇君のブログ見たよ〜と言ってくれて今でも更新を楽しみにしてくれています。
その中でも色々と気づきがありとても言語化する能力が成長したことに気づきました。

さて私は、宗教の布教者でもなければ神様でもありません

ただの一般人です。
そんな尖った特徴を持たない私でもネットを介して発信を続けてこられたのは理由があります。
まず一つ目は既に世の中にあったプラットフォームという環境です。
それともうひとつは勇気だけです。

モノはあくまでも道具でしかなく体験を積んでいった方が良い

ネットのリモート社会はこれからのコロナの影響でひどく過疎化した文化を支える新しい文化になるのかなと思います。
正直言って亡くなってる方を復活させることはできませんし・・・
できるんなら僕も魔法を学んで復活させたいです。

俺氏「 みんな死んじゃう、俺たちどうすりゃいいんですか 」
長老「 お前たちがやりたいことをやれ 」
「 そらがワシらが望む一番嬉しいことじゃ 」
それぞれがするべきことを全うすることが亡くなった人への感謝になるってこと?

お品書きとして

理解が浅いという煽るような言い方をしたらその人が浅いのかなと思ってしまいます。
今回この短文を書くに当たってここまで生きてこれたのは具体的に誰のおかげなんだろうということを主眼に置きました。
教えてもらうというのは初めての体験だけど教えるのは定型があってその通りに教えるだけです。
教えることが端的に言って機械的にならないように、常に初めての体験であるように。
教えることが上手い人間に、理解が深くない人から教わることができるようになりたいです。
理解のありすぎる子供、理解をまったく持たない大人。 誰によって世の中が作られているのかは一目瞭然ということです。

うまくやっていかないといけないです。