愛って強さと関係あるの?→ 【関係あります】

こんにちはいつきです。

前回は告白するべきかどうかを考察しました。
今回も引き続き愛について深堀します。

どこまで関係あるの?



物心付くまでに色んな人からいっぱい愛された方が、豊かな人間に育つことができます。
私はタイムスリップできるならもっといろんな人と会う経験をします。

愛の形

自分を心から愛していない人や、人格が成熟してない人もいるでしょう。
多分、すべての人が子供から教えてもらうことの方が多いことでしょう。

愛の分散

愛も分散します、一人の人が100%与えられる愛でも例えば複数子供がいる場合、
5人子供がいるおうちと1人しかいないおうちでは、子供が受け取れる愛の定量が違います。

自分を愛するコツ

1%の愛を使うだけでなんと簡単にできちゃいます!
それは自分から先に愛するという優先的順位を認識してあげることです。
ホントにたったこれだけなんですが、人って赤ん坊の気持ちを忘れると、ふとした瞬間に自分を忘れています、なので自分の本当を思い出してあげてください。

愛は表現しないと与えられない

例として、

  1. 言葉にして伝える(接する)
  2. ケーキや料理を作るなど
  3. お花や宝石をプレゼントする

人が人に与える心ということです、
表現化すると目に見えないものではないので、相手に気づかせてあげることは実は簡単です。
ただ、内に秘めたままの愛や表現の仕方が歪んでいる愛は意味ないと思ってください。
相手に影響、変化を与えられて初めて伝えられたと考えるべきであります。

今回のまとめ3つ

  1. 愛はあった方がいいし嬉しい
  2. 愛は溢れてもあげる側に回ればいい
  3. 自分へ向ける愛が最優先

さいごに

私が嫌いな表現方法が二つあります。
それは心配と期待です、誰もがただ愛されるために生まれてきたのに、
競争ばかり強いられて期待され心配され、期待と心配は愛ではありません。
その相手を信頼しているなら、みとめて、愛しましょう。

もし親御さんで自分が愛してると思っている子供がいる場合、
それが期待と心配のような形で現れてないかときどき確認してあげてください。

私は自慢じゃありませんが幼少期友達が二人ぐらいいました。

その子たちと遊んでいると親と会うことも当然ありました。
愛の形が歪んでる人も中にはいました。(私のお家の親も大概であまり他人のこと言える環境ではなかったですが)
当然世界は広い、どういう人だって居りえる。

という話ですが、どのどんなタイミングだって愛が歪まないって証明できますか?
それは絶対無理です、私達は不完全な人間であり、不完全な生き物なんですからね。

だから私が言えることをここに書いて置きます。

他人がどう思おうとその人が決めた人生はその人の選択によって歩むべきであり、他人がどう思ったところで無駄です。

(世界に一つだけの花です)

だから私はいらない心配をされることを物凄く拒絶します。
だから私はいらない期待をしてくる人と距離を置きます。
なぜなら最大限の生産性とパフォーマンスを発揮したいからです。

これはとても重要な課題だと思います。見てくれてありがとう.