がんばっている人にがんばれと言わないで欲しい

・明日もがんばってね
・がんばってください
・応援しています

今回は正直に言う
もう見飽きたし、虫酸が走るし、見たくないし聞き飽きた。

本当にがんばっている人が「今日も頑張ったな」とは言わない。
「今日も頑張ったな」という暇もなくさも当然の様に頑張り続けているから。

学生時代の私はがんばり症候群というか、がんばり症であった。
毎日母親にがんばって、がんばってね、と声をかけられる。

この時の私の心理状態は「わかったがんばってくる」
嫌なことも何もかも、がんばれば報われる、そう勘違いした。

たったの数週間程度だったが、がんばり続けて、鉄の壁をロッククライミングで登るような行為は私の心と身共に相当に疲弊した。
それもそのはず、爆発しそうな風船に空気を送り続ける、溢れてるコップに水を注ぎ続ける、胃が破裂しそうなのに食べ続ける。
これらの行為と変わらないことだからだ。

追い詰められていた、勉強は本来未来のために行うことであるのに、目的が、不在、無限ラン状態である。
生き物の体はよくできていて、不思議と学校へ行く体は動かなくなり、休息することになった。

今の生活はとても裕福に思う。
とても、学生時代より大人の方が簡単だ、大人は主導権が自分に在る分、自分で世界をコントロールすることができる。
子供ほどプレッシャーなんか掛けられないから、動きたくないやつは外でのたれ死んでる、それだけ。
自分の責任程度はすべて自分が負う、それがすべて。
学校は国が用意した「友達ごっこの箱庭」程度にしか考えてない。学校も両親も自分を見ている「フリ」をしていて、結局責任は取らない。
自分を救えるのは自分の判断だけ。

そもそもこれを見ている諸君に問いたい、君たちが学校で教えてもらっている知識、勉強、それ、本物っていうか本当に信用できるほど裏付けがある教科書だと思っていいの?
定規の1mmすら本当はズレてるかもしれないのに、

「あの大学に行って内定貰って会社に就職するんだー」

人生がそんな上手く行くわけない。
社会では自分の考えを持たない人は必要とされない。
いや、違うか、ひとりとしてカウントされない。この方が正しいかな。

本当の意味で上手くいきたいなら経験を信用すること

失敗を経験しない人に成功は訪れない、
これは法則だから知れずともわからずともそうなるようにできている。
成功したフリを続けてお金を貰い続けている大人を死ぬほど見てきた。不思議と世の中は「そういう人たち」によって社会の歯車を回されている。
治すどうこうの話ではない、本人の問題だから、周りが何と言おうと関係ない。自分で「気づく」しかないのだ。

だからそういう人たちに振り回されるのは尺だと思うが、何故だかこの世界には子供に権限がない、
この「子供の期間」はどうか死なないで乗り切るよう大人の私からの切実なお願いだ。

私もまだまだ精進しなければならないので大量のインプットを読み込まなければならない。
一刻も早く大人になりたいなら、大人の支配している管轄下を抜け出して一早く社会に出ることだ。
自分の吸う息、空気くらい自分で決めろ、自分が居る空間くらい自分で作れ。

それでは

学校を拒絶する勇気と覚悟

目的地(目標)を創ろう