社会のレールという言葉について

こんにちは、初めまして、いつきです。
そもそも結論から話すと社会とレールっていう二つの言葉は組み合わせて使う言葉ではないんですね。
かなり差別的に使われるので身を挺して記事を書いています。

なんでかっていう話をしますと、社会って出たり入ったりできる社会こそがいい社会なんですよ。
例えば事故に遭って腕を折ったりしても急にリストラなんてことにならなかったりするじゃないですか。
他には未経験者を積極的に受け入れたり新人を歓迎したり祝う文化もあります。
障がい者を受け入れる会社が良い会社であったりします。

で。本題ですが社会のレールから外れたと言って避難したりもう「人間ではない」みたいな扱いをするのって違くないですか?
簡単な言葉に逃げていると思いませんか?

詳細ではただ調子が悪くて出社できていなかったり、大学や高校出たあとに就職できなかったり、
もしくは学校でうまくいかなくて学校に行けなかったり。

そもそも五体満足で生まれられないで生をもらった人もいます。
それに限らず目や耳を不自由にした人もいます(後天的か先天的かに限らず)

こういう経験は自分としては「生きていれば当たり前に来るべき未来」だと思っています。

なのでもし、家族にこういう不調とかを思わせる人がいて、その方に対して「社会のレールから外れてる」とか普通に使っている人がいたら「普通に失礼」なのでやめてあげてください。
という風に自分は思います。

だってあなたが次の瞬間に光を失ったとして同じ扱いで差別を受けたらイヤじゃないでしょうか?
いつ、いかなるタイミングで誰がどうなるかということは数値的な予測できてもわかりません。

海外での文化でも「ソーシャルレイル」みたいな言葉自体ないんですよね、当然といえば当然ですが、日本はややそういうところも遅れている気がします。

それではちょっとくらい話になってしまいましたがポジティブにいきましょー。
りりじゃす。